ブーケおぼえがき 2006
【冬の庭のブーケ】
ヴィクトル・ユゴーが19世紀に身近になった温室を「冬の庭」と消したように、今日の私たちはこのガラスの工夫によって、雪が積もる中でもブーケを眺められます。みなさんが真冬のこの時期に手にする春の球根植物や、冬でも温暖な地中海に浮かぶサルディーニャ島に自生する銀梅花(ミルト)の枝葉は冬の庭に欠かせないものです。
たとえば、16世紀にフランシス・ベーコンはロンドンにおける理想の庭園として、1月はミルトの温室栽培をすでに掲げていました。さすがは英国人。庭園趣味が昔から宜しく、きっとミルト酒で体を温め述べたに違いありません。そこで私はベーコンに冬の庭のブーケに心づくしの言葉を添えて贈ります。
「冬でも夏のごとく温かなお部屋であっては、あっという間に咲き終わることもございます。ご注意を!」(2006.1)
【リボンをひもとくまでのブーケ】
ブーケを包装することの意味、豊かさを考えたとき、私が思いつくのがチョコレート屋さんの包装です。ピエール・マルコリーニ、ジャン=ポール・エヴァン、リシャールなどの包装には丈夫な素材、美味しさを引き立たせる色使いがあります。チョコレートは食べてなくなるいわば幸福な時間を過ごす繊細なものですから、中身を守る包装なわけです。
私が自然の色を持つクラフト紙と薄用紙でブーケを包装していますのも、これと同じ意味があります。自然の色とは、素材そのままの色のことです。日本の伝統的な住まい、数寄屋、書院の室内で花が良く映えますのも、素材そのままの色の建築だからです。
そしてブーケの包装で大事なことがもう一つ。以前は嫌っていたリボンを8年ほど前から使い始めました。どうやら、リボンをひもとき包みを開ける作業は、贈られた人の密かな楽しみでもあるようです。(2006.2)
【誕生日のブーケ】
誕生日のブーケは、自分の誕生日に贈られるものであったり、誰かの誕生日に贈るものであったり、自分で自分に贈ることであったりします。すなわち、自分の誕生日に花があることは誰もが嬉しいことであり、誕生日のブーケの良いところは、1年に1度、その季節が祝ってくれることかもしれません。
春なら、ラナンキュラスとスノーボールでみずみずしく、夏なら、薔薇とミントの良い香りが、秋なら、薔薇と果実の豊かさで、冬ならラナンキュラスと常緑樹が温かく祝います。もっとも、新しい生命の始まりである出産祝いなら、春の花か蕾の花の出番です。
こころみに、3月生まれの私も、ラナンキュラスとスノーボールで誕生日のブーケを束ねてみたところ、気分も春めいて参りました。誕生日のブーケは自分で作っても嬉しいものです。(2006.3)
【オランダからの春のブーケ】
じつのところクリスチャン・トルチュは双子でもうひとりはリヨンで花屋をやっている!なんて4月の嘘にだまされた後は、ちょっと、ご近所の花屋を覗いてみてください。日本の手鞠花によく似た若草色の花、スノーボールがきっと並んでいるはずです。
スノーボールは苺と同じく、オランダで生まれ世界に広まった園芸植物で、花の絵の宝庫、17世紀オランダの静物画にも登場します。若草色は、日本では中世より春を告げる色、ヨーロッパではよみがえる春の色ですから、春のブーケには欠かせない花というわけです。
ちなみに、属名ビバーナムは、ラテン語で木というほどの意味で、スノーボールはY字を積み重ねた樹形をしています。そういえば、ブルーノ・ムナーリの美しい絵本には、Y字を積み重ねて木を描くエスプリがありましたっけね。(2006.4)
【母の日のブーケ】
母の日のブーケは、5月の第2日曜に家族が一つになる贈り物。薔薇、スノーボールの花、時には豆の花も用いて作っています。薔薇を用いますのは、フランス、フィンランドなど多くの国で母の日に薔薇を贈る習慣があるからですが、理由はそればかりではありません。
たとえば、カーネーションはブーケにするより、アメリカのエピソードのごとく1輪で飾る方が美しいですし、百合などの大きく豪華な花は路線が違いますし、鉄線や蘭だとちょっと趣味的ですし、枯れないのも困ります。やはり、贈られて喜ばれる花のチャンピオン!5月は薔薇の季節というわけです。
母の日といえば、料理研究家の辰巳芳子さんは母の日の献立に、5月はピースの季節、とピース御飯を紹介しています。母の日は本来、家族の平和を願った母たちの運動でしたから、母の日にピース御飯をいただきますと、もう一つの味わいを感じるものです。(2006.5)
【夏至祭のブーケ】
トーベ・ヤンソンの名高い「ムーミン」に出てくるニョロニョロを、覚えていらっしゃるでしょうか。スナフキンが蒔いた白い種から、まるでイブ・タンギーのシュールレアルな絵画のように現れ、自ら放電する不思議な生物ですが、このニョロニョロが生まれる時こそ、夏至祭の前夜です。
夏至祭は、一年で一番強まる夏至の太陽に感謝して火を灯す、北欧で盛んな夏まつり。前夜には薬草摘みの習慣があり、強い太陽を浴びた夏至の薬草には特別な効能が備わるとされています。つまり、ニョロニョロは、夏至を意味したトロール(妖精)というわけです。
最近、夏至祭はキャンドル・ナイトと姿を少し変えて、私たちに身近になってきましたが、この日のブーケは、フィンランドの夏至祭の花である小さな薔薇を用いて作っています。むろん、シダやヨモギなどの薬草を加えて、伝統的な雰囲気に仕上げても良いでしょう。(2006.6)
【パリのブーケ】
パリのブーケといえば、みなさんは花の頭が揃った丸い形のブーケをまず思い出すことでしょう。すなわち、今から30年ほど前にパリの花屋が復活させた、茎を螺旋状に束ねて作るヴィクトリア朝時代の様式。スパイラルブーケとも呼ばれていますね。
しかし、私をして言わしむれば、組み合わせが作りだす簡潔な季節感こそ、パリのブーケです。夏ならば、薔薇にミント、フランボワーズをつつましく添えて出来上がり。少ない種類で季節と主役をはっきりさせる、いわば、日本の生け花や茶花にも見られる考え方が、パリのブーケの本質だと私は思うわけです。
ところで、私が初めて見たパリのブーケは、自転車ロードレース、ツール・ド・フランスの表彰式。勝者となったミゲール・インデュラインが夏のシャンゼリゼ大通りで掲げたものでした。──今年はジルベルト・シモーニに掲げてほしい。私のこの夏の願い事。(2006.7)
【真夏のブーケ】
真夏のブーケは、リシアンサスの花に、ジャスミンの葉、それにミントを必ず用いて作っています。前にも述べたように、ミントといったハーブには、夏の暑いさかりに花が萎れる要因の一つ、水中のバクテリアを抑える働きがあるからです。
考えてみれば、ハーブは人間にとっても夏の暑いさかりの人気者。たとえば、ヨーロッパの教会では、9種類のハーブを清めて病気を癒し健康を守るという中世からの習慣がありますし、私が夏まけ対策としていただくモロッコの紅茶、ベルギーのビール、イギリスの鰻料理にもハーブは欠かせない存在です。
そういえば、フランスのハーブ村として名高いミリーラフォレ村には、コクトーのよく知られた礼拝堂壁画があります。あの壁画で、いわけない猫がミントのそばで見上げているのは、リンドウ科のゲンチアナというハーブ。リシアンサスの仲間です。2006.8)
【緑のブーケ】
料理人が初めて出会った美味しい料理に対して、その内容に興味をいだくように、私もまた、初めて見るブーケに対して、その組み合わせに興味をいだくことがあります。中でも特別の感心をいだくのが緑だけの組み合わせ。贈り物としては一般的でないにせよ、私がこの緑のブーケに引き込まれることはしばしば。
フランスの花屋が作った夏の草花による緑のブーケ。同じ土地で育つもの同士を組み合わせることの大切さを実感します。ノルウェーの花屋が作った様々な針葉樹と常緑樹による緑のブーケ。四季が持つ力強さと雪の白との美しい対比が今でも心に残ります。
詩人の春山行夫さんによれば、フランスで緑のブーケは植物学の寓意だそうで、なるほど、緑のブーケを眺めておりますと、葉の濃淡や質感の違いが良く見えるものです。ちなみに、パリには緑のブーケを得意とする「緑の葉」という名前の花屋があります。(2006.9)
【深まる秋のブーケ】
私の住んでいる札幌の、秋の移ろいはまあ早いもので、紅葉はわずかの間にしか楽しむことができません。それはブーケにもいえて、ミラビフローラの花と紅葉した金葉小手毬、スキミアの枝葉を組み合わせた深まる秋のブーケが作れるのも2週間ほどでしょうか。
もっとも、紅葉した枝葉はすぐに落葉するか乾燥してしまうので、私はブーケに取り入れないようにしているのですが、この金葉小手毬はわりと丈夫なこともあって、数年前から用いるようになりました。やはり、秋の日本人の感性に紅葉はぴたりと合致するものです。
深まる秋に、ルイ14世が葡萄やミラベルの果実、ダリアの花を菜園や庭園で眺めていた頃、松尾芭蕉は紅葉を眺めていたことを考えれば、以前、私はフランスの花屋が作るブーケを手本に秋にはダリアとアジサイばかり束ねていたことが、今はちょっとはずかしい。(2006.10)
【初冬のブーケ】
アイルランドの歌手、エンヤの名盤『ケルト』をBGMにして、薔薇、リシアンサス、ラナンキュラスの花に、白妙菊の葉と木蔦、銀梅花などの常緑樹を束ねる初冬のブーケは、ベロアのような白妙菊の銀色の葉や、革質で光沢がある常緑の葉が、セーターや外套のごとく、寒い季節に似合う花束です。
また、ブーケに付ける器も羅紗に似た手触りの針葉樹や、革質の月桂樹、スエード調の大山木の葉で覆い、冬のはじめに暖かい感じに仕上げます。
さて、11月11日はヨーロッパのあちこちで大人たちは今年収穫したワインを最初に味わい、子供たちは行灯をかざし歌い歩く聖マルチン祭。冬のはじまりです。外套に身を包み白馬に乗って冬を告げる聖マルチンのように、私は銀色の葉を用いたブーケで、今年も皆さんに冬のはじまりをお知らせしています。(2006.11)
【タンバルブーケを囲んで】
バロック音楽が新たな解釈で演奏されるように、歳暮に作るブーケも新たな解釈で作っています。クリスマス、お正月と家族が集う季節でもありますから、誰もが知る薔薇やクリスマスローズの花に、松、柊、銀梅花、白妙菊、杜松とプリニウスの時代から縁起が良いとされてきた枝葉を束ねています。
また、タンバルブーケになりますと、これも長寿や幸運の寓意がある樅の枝葉で覆った器で、ちょっと豪華な雰囲気です。そして12月は、この器付き花束を多く作っています。届いてそのまますぐに飾れることが、師走に喜ばれる贈り方なのかもしれません。
そのタンバルブーケを囲んで、この一年をつつがなく過ごせたことに感謝する祝いの席。ご馳走をいただく特別な時に、花もしつらえますと、ジェズアルドの歌曲のように、卓上がさまざまな願いで彩られることでしょう。(2006.12)
ブーケおぼえがき 2004、2005
【クリスマスのブーケ】
もう何年もの間、クリスマスといえば、薔薇、ラナンキュラス、アネモネの花に、樅、西洋ネズ、木蔦、銀梅花(ミルト)、柊(イレックス)、椿といった常緑樹を用いたブーケを作っていますが、とりわけ樅と柊には誰もがクリスマスを感じることでしょう。
クリスマスは、常緑樹を飾って太陽を励ます、もともとヨーロッパにあった冬至祭が発展したものですから、冬でも枯れない常緑樹の濃い緑色の葉を寒い冬の夜に眺めていると、不思議と気持ちが暖かくなります。
ただ、この常緑樹の濃い緑色の葉を用いたブーケは、とかく印象が暗く重くなりがちです。以前は季節を少し意識し過ぎていたせいもあってか、冬のブーケは暗く重くて当然と思っていたのですが、最近は「あれはやはり寂し過ぎた」と考えを改めて、冬であっても若草色のスノーボールの花を加えることにしました。(2004.12)
【厳冬のブーケ】
ヨーロッパの民間習俗では、大寒を過ぎた1月25日が冬の折り返しで、この日から、雪の下に眠る植物が春に向けた活動を始めると語り伝えられていますが、厳冬の季節、雪国の人々はスキーなどして雪と戯れる一方で近づく春にとかく敏感なのです。
たとえば園芸家は、雪の積もった庭を眺めながらも、今年の庭つくりの準備をしていますし、古くからゲルマン人は、仮面行事によって冬を追い払い、春を近づけようとしています。冬はもうこりごりで、春への強い思いがあるからでしょう。
ですから、厳冬の季節は、ラナンキュラス、アネモネ、スノーボールの春の花に、木蔦、銀梅花、月桂樹、ピスタキアといった枝葉を用いたブーケを作っています。私の場合は、外の雪景色を眺めながら、春のブーケを作り始めているのです。(2005.1)
【ヴァレンタインデーのブーケ】
今から10年ばかり前、パリの花屋「クリスチャン・トルチュ」の陳列窓がチューリップで埋め尽くされていたのは、ヴァレンタインデーが近づいた頃で、フランス人がこの花に「恋の告白」を意味付けていることを知ったのは、それからずっと後のことでした。
もっとも、古代のペルシア人が、チューリップを持って求婚をしていた史実もありますから、この花はヴァレンタインデーにぴったりでありましょう!
ヴァレンタインデーのブーケは、チューリップ、スノーボールの花に、木蔦、銀梅花、ピスタキアといった枝葉を用いて作っていますが、チューリップは、多種多様ありますが、マニエリスムの絵画に見られるような、量感がある八重咲き、パロット咲きを選びます。
というもの、チューリップの茎は良く伸びますから、数日後、ブーケは技巧を凝らした絵画のような趣になるからです。(2005.2)
【春のブーケ】
春のブーケには、ラナンキュラス、ジャスミン、スノーボールの花に、うら若いこぶし、ピスタキア、木蔦といった枝葉など、ペルシアや中国の植物を用いて作っていますのも、春の花の名前や春の行事には、中国を経て、遠くペルシアがこっそり隠れているからなのです。ちょっと探してみましょう。
名前においては、ラナンキュラスが英語では「ペルシアのキンポウゲ」、ジャスミンやライラックの名はペルシア語から生まれていますし、桃の学名は「ペルシアのプルヌス」で、英語のピーチは「ペルシア」が語源です。
行事においては、東大寺二月堂のお水取りが、古代ペルシア文化と浅からぬ関係があることは、みなさんもよく御存じでしょうし、桃の節句、彼岸会、花見が見てとれるイランの正月は、おもしろいことに、ペルシアの時代から春分の日に始まるのでした。(2005.3)
【スズラン祭のブーケ】
その愛しい姿や香りの他にも、スズランのブーケの良いところは、スズランが、あらゆる神話的、宗教的伝統を持たない花であることです。つまりスズランのブーケは誰にでも贈ることができるのです。
また、スズランのブーケは誰にでも簡単に作ることができます。スズランが10本でもあれば、花と葉を分けた後、花だけをまず束ねてから、周りに葉を添えればブーケは完成しますし、これにアジアンタムの葉を添えれば、スズランが森を思い出したかのように生き生きしてきますから不思議です。
もっともスズランは有毒植物なので、とかく敬遠する人もいるでしょう。でもこの花の一番の毒は「5月1日のスズラン祭にスズランを贈りあって幸せになろう」と毎年言い続けている私のように、人々を虜にしてしまうことなのです。(2005.4)
【初夏のブーケ】
毎年、5月の半ば頃から6月にかけて、初夏の季節には、薔薇、クレマチス、宿根スイートピーの花に、ミント、リョウブといった枝葉を用いたブーケを作っています。主役となる薔薇の花は中央に数輪まとめて、あたかも庭や野山で摘んだ雰囲気です。
といいますのも、この時期、私の住んでいる札幌は、ライラックや林檎、ニセアカシアの花が街に薫り、庭のテラスで食事をしたり、野山に出かけるのにはぴったりの気候になるからです。一年でもっとも美しい季節といっても良いでしょう!
ところで、札幌と同じように、スウェーデンとフランスも、5月の半ばから太陽の調子が良くなりますが、驚いたことに、母の日は5月の最終日曜日です。それぞれ、自然と遊ぶことが上手な国ですから、もしかすると、母の日を初夏の美しい季節の日曜日に、わざわざ選んだのかもしれません。(2005.5)
【花嫁のブーケ】
花嫁のブーケ作りで大切なことは、まず花嫁にぴったりの花を見つけ出すことです。これまでにも、春の花嫁にはアジアンタムの葉を添えたスズランを、夏と秋の花嫁にはミントや果実を加えた薔薇を、冬の花嫁にはジャスミンやスノーボールと一緒のラナンキュラスを見つけ出しています。
それからもう一つ、結婚の象徴でもあるアイビー(木蔦)を用いること、これも大切です。私の場合、アイビーは束ねた花の茎をたっぷり覆う用い方をしています。こうすれば束ねた花がしっかり保護されるとともに、優雅な装飾として仕上がるからです。
たとえば、ポネルやゼッフィレッリ演出の歌劇を御ご覧になったことがある方なら、アイビーの装飾がいかに優雅であるかおわかりでしょう。アイビーはギリシャ神話で酒神ディオニューソスですから、私たちを優雅な気分に酔わすことも大好きなのです。(2005.6)
【夏のブーケ】
夏のブーケは、もっぱら、プレーリーの、いわば乾燥した夏の草原の花であるリシアンサス(トルコ桔梗)に、ミントの葉を用いて作っています。たとえ暑い日ざかりであっても、この組み合わせのブーケは、香りとともに長く楽しむことができるからです。
実際、リシアンサスには香りがありませんが、ミントの清涼感ある良い香りは、水替えの際に、あるいは夕涼みの際に、気持ち良く漂ってきます。しかもミントには殺菌作用があって、花器の水が清潔に保たれますから、まさに夏のブーケにおいて、ミントは英仏の花言葉通り「美徳」となるわけです。
もっとも、大きな夏のブーケを作る場合には、さらに銀梅花の枝葉や禾本科植物を加えています。プレーリー草原に近づく趣です。しかし、どういうわけか、どこを調べても、プレーリーに咲くリシアンサスの姿は未だに見つからないので、私はその原産風景をゆかしく思っています。(2005.7)
【私のなかのクリスチャン・トルチュ】
私が最も好きな、パリ6区オデオン交差点に面した花屋クリスチャン・トルチュが、どうやらその役目を20年で終えるらしい。むろん、好きな花屋がなくなるのは寂しい気持ちですが、誤解を恐れずに申せば「やっと終わったか」という気持ちがあります。
クリスチャン・トルチュを知ったのは1989年頃の雑誌の紹介記事です。1種類の白い花に幾種もの葉が混ざりあったあスパイラルブーケはもとより、すべてにおいて衝撃でした。
ところが残念なことに、私を含め世界中の花好きが彼の店に押しかけてしまったことで、店の雰囲気もスタッフが作るブーケの雰囲気もこの20年で随分と変わりました。たとえば、カール・フュシュが今でもしっかり受け継いでいる、あの洗練された田舎臭い雰囲気は1998年頃から薄れていたのです。
でも私は思います。クリスチャン・トルチュは、きっと静かな場所で、今度は小さな花屋を始めるにちがいない。なぜなら彼が作るブーケだけはこの20年、変わっていないのですから。(2005.8)
【薔薇のブーケ】
薔薇といえば、「イギリスのオースチン作出の薔薇が庭にあるわ」「ベルギーの舞踊集団ローザスのダンスが好きでね」「イタリアの自転車競技で優勝ジャージの名はマリア・ローザさ」「ブルガリア旅行のお土産で薔薇水をもらったの」とまあヨーロッパの芸術文化と結び付くイメージがあります。
これは、薔薇が古代ローマからシンボリズムの王者であり、とりわけ中世には、聖母マリアの花となったからでしょう。でも私なんぞはやっぱり原産地と結び付いて、薔薇といえば、イランの古都イスパハーンやシラーズで咲く中近東の薔薇を思い浮かべます。
夏から秋にかけての薔薇のブーケは、フランボワーズの果実やミントの葉を束ねたエキゾティックな雰囲気のものです。そういえば、フランスのパティシエ、ピエール・エルメの菓子「イスパハーン」も、フランボワーズの果実を挟んだマカロンの上に薔薇の花びらが飾られていましたね。(2005.9)
【秋のブーケ】
さて、秋のブーケについて書くのはむずかしい。組み合わせがその年の気候によりけりだからで、薔薇、リシアンサス、スキミアの花に、ミルト、ピスタキアの枝葉を用いて作る他にも、気候が良ければ、コスモスの花に、色づいた実や枝葉を用いて作ることだってあります。
といいますのも、私は季節ごとに田舎や峠を自転車で巡っているのですが、秋風の中の田舎の主役はやはり、ダリア、コスモス、果樹であり、峠の主役はむろん、紅葉なのです。
なかでも、コスモスは秋の私たちの心にぴったりくる花でしょう。巌谷國士さんは紀行文で、グラナダのヘネラリーフェ離宮でコスモスを見て、どこか懐かしさを感じだと述べられておりましたが、私もペダルを踏みながら楚々たるこの花を田舎で見ていると思わずこう叫びたくなります。「この花がダリアとともにメキシコ生まれだなんて!」(2005.10)
【冬のブーケ】
申すまでもなく、白い花、枝葉、実、銀色の葉は、四季をわかず、私が作るブーケの基本要素になりますが、これらの花材が豊富に集まる11月から4月といえば、アイルランドやウェールズに住むケルト民族の冬とも一致していて、私は何だか嬉しく思っています。
ケルト民族のおもしろさに私が初めて目を開かされたのは、一年を冬と夏の二季に考えるケルト暦を知ってからです。厳しい気候が春や秋を隠してしまったのでしょう。落葉した立ち木にヤドリギが現れる11月に冬が始まり、スズランが萌えでる5月に夏が始まります。
そして特筆すべきは、11月が新しい年の始まりでもあることです。もとより、ハロウィーンはケルト暦の大晦日でありましたから、私の場合、おとなしやかにこの一年のブーケを回顧して、新たなブーケを迎える準備に勤しむ日というのは、ちと大げさな話。(2005.11)
【新年のブーケ】
古くからの習慣が薄れてきたとしても、松を飾って新年を迎えるご家庭はまだ多いことでしょう。松は生命の誕生を祝う木でもありますから、日本だけに限らず、西洋の人たちも冬至の頃から松を飾り続けて新年を迎えます。降誕を祝い、松に蝋燭を飾り付けたのが、そう、クリスマスツリーの始まりでした。
事実、松は日本の風景の中だけではありません。西洋の松も、私などには間接的に親しいものとなっています。たとえば、北欧やギリシャの神話にも、タルコフスキーの映画にも象徴的に登場しますし、レスピーギはイタリアに松が生えていることを交響詩「ローマの松」で私たちに教えてくれました。
もとより、私が新年のブーケに用いる松は東洋種より手触りが柔らかい西洋種です。あらずもがなの説明をしておけば、料理の盛り付けでパセリとイタリアンパセリの違いくらい、西洋種はブーケをやさしくしてくれます。(2005.12)