2008-02-01 11:30:00

ブーケおぼえがき(2006.1~2006.12)

06-1.jpg

【冬の庭のブーケ】

 

ヴィクトル・ユゴーが19世紀に身近になった温室を「冬の庭」と消したように、今日の私たちはこのガラスの工夫によって、雪が積もる中でもブーケを眺められます。

 

みなさんが真冬のこの時期に手にする春の球根植物や、冬でも温暖な地中海に浮かぶサルディーニャ島に自生する銀梅花(ミルト)の枝葉は冬の庭に欠かせないものです。たとえば、16世紀にフランシス・ベーコンはロンドンにおける理想の庭園として、1月はミルトの温室栽培をすでに掲げていました。

 

さすがは英国人。庭園趣味が昔から宜しく、きっとミルト酒で体を温め述べたに違いありません。そこで私はベーコンに冬の庭のブーケに心づくしの言葉を添えて贈ります。

「冬でも夏のごとく温かなお部屋であっては、あっという間に咲き終わることもございます。ご注意を!」(2006.1)

 

 

06-2.jpg

【リボンをひもとくまでのブーケ】

 

ブーケを包装することの意味、豊かさを考えたとき、私が思いつくのがチョコレート屋さんの包装です。ピエール・マルコリーニ、ジャン=ポール・エヴァン、リシャールなどの包装には丈夫な素材、美味しさを引き立たせる色使いがあります。チョコレートは食べてなくなるいわば幸福な時間を過ごす繊細なものですから、中身を守る包装なわけです。 

 

私が自然の色を持つクラフト紙と薄用紙でブーケを包装していますのも、これと同じ意味があります。自然の色とは、素材そのままの色のことです。日本の伝統的な住まい、数寄屋、書院の室内で花が良く映えますのも、素材そのままの色の建築だからです。

 

そしてブーケの包装で大事なことがもう一つ。以前は嫌っていたリボンを8年ほど前から使い始めました。どうやら、リボンをひもとき包みを開ける作業は、贈られた人の密かな楽しみでもあるようです。(2006.2)

 

 

06-3.jpg

[誕生日のブーケ]

 

誕生日のブーケは、自分の誕生日に贈られるものであったり、誰かの誕生日に贈るものであったり、自分で自分に贈ることであったりします。すなわち、自分の誕生日に花があることは誰もが嬉しいことであり、誕生日のブーケの良いところは、1年に1度、その季節が祝ってくれることかもしれません。

 

春なら、ラナンキュラスとスノーボールでみずみずしく、夏なら、薔薇とミントの良い香りが、秋なら、薔薇と果実の豊かさで、冬ならラナンキュラスと常緑樹が温かく祝います。もっとも、新しい生命の始まりである出産祝いなら、春の花か蕾の花の出番です。

 

こころみに、3月生まれの私も、ラナンキュラスとスノーボールで誕生日のブーケを束ねてみたところ、気分も春めいて参りました。誕生日のブーケは自分で作っても嬉しいものです。(2006.3)

 

 

06_4.jpg 

【オランダからの春のブーケ】

 

じつのところクリスチャン・トルチュは双子でもうひとりはリヨンで花屋をやっている!なんて4月の嘘にだまされた後は、ちょっと、ご近所の花屋を覗いてみてください。日本の手鞠花によく似た若草色の花、スノーボールがきっと並んでいるはずです。

 

スノーボールは苺と同じく、オランダで生まれ世界に広まった園芸植物で、花の絵の宝庫、17世紀オランダの静物画にも登場します。若草色は、日本では中世より春を告げる色、ヨーロッパではよみがえる春の色ですから、春のブーケには欠かせない花というわけです。

 

ちなみに、属名ビバーナムは、ラテン語で木というほどの意味で、スノーボールはY字を積み重ねた樹形をしています。そういえば、ブルーノ・ムナーリの美しい絵本には、Y字を積み重ねて木を描くエスプリがありましたっけね。(2006.4)

 

 

 06-5.jpg

【母の日のブーケ】

 

母の日のブーケは、5月の第2日曜に家族が一つになる贈り物。薔薇、スノーボールの花、時には豆の花も用いて作っています。薔薇を用いますのは、フランス、フィンランドなど多くの国で母の日に薔薇を贈る習慣があるからですが、理由はそればかりではありません。

 

たとえば、カーネーションはブーケにするより、アメリカのエピソードのごとく1輪で飾る方が美しいですし、百合などの大きく豪華な花は路線が違いますし、鉄線や蘭だとちょっと趣味的ですし、枯れないのも困ります。やはり、贈られて喜ばれる花のチャンピオン!5月は薔薇の季節というわけです。

 

母の日といえば、料理研究家の辰巳芳子さんは母の日の献立に、5月はピースの季節、とピース御飯を紹介しています。母の日は本来、家族の平和を願った母たちの運動でしたから、母の日にピース御飯をいただきますと、もう一つの味わいを感じるものです。(2006.5)

 

 

06-6.jpg

【夏至祭のブーケ】

 

トーベ・ヤンソンの名高い「ムーミン」に出てくるニョロニョロを、覚えていらっしゃるでしょうか。スナフキンが蒔いた白い種から、まるでイブ・タンギーのシュールレアルな絵画のように現れ、自ら放電する不思議な生物ですが、このニョロニョロが生まれる時こそ、夏至祭の前夜です。

 

夏至祭は、一年で一番強まる夏至の太陽に感謝して火を灯す、北欧で盛んな夏まつり。前夜には薬草摘みの習慣があり、強い太陽を浴びた夏至の薬草には特別な効能が備わるとされています。つまり、ニョロニョロは、夏至を意味したトロール(妖精)というわけです。

 

最近、夏至祭はキャンドル・ナイトと姿を少し変えて、私たちに身近になってきましたが、この日のブーケは、フィンランドの夏至祭の花である小さな薔薇を用いて作っています。むろん、シダやヨモギなどの薬草を加えて、伝統的な雰囲気に仕上げても良いでしょう。(2006.6)

 

 

 06-7.jpg

【パリのブーケ】

 

パリのブーケといえば、みなさんは花の頭が揃った丸い形のブーケをまず思い出すことでしょう。すなわち、今から30年ほど前にパリの花屋が復活させた、茎を螺旋状に束ねて作るヴィクトリア朝時代の様式。スパイラルブーケとも呼ばれていますね。

 

しかし、私をして言わしむれば、組み合わせが作りだす簡潔な季節感こそ、パリのブーケです。夏ならば、薔薇にミント、フランボワーズをつつましく添えて出来上がり。少ない種類で季節と主役をはっきりさせる、いわば、日本の生け花や茶花にも見られる考え方が、パリのブーケの本質だと私は思うわけです。

 

ところで、私が初めて見たパリのブーケは、自転車ロードレース、ツール・ド・フランスの表彰式。勝者となったミゲール・インデュラインが夏のシャンゼリゼ大通りで掲げたものでした。──今年はジルベルト・シモーニに掲げてほしい。私のこの夏の願い事。(2006.7)

 

 

06-8.jpg

【真夏のブーケ】

 

真夏のブーケは、リシアンサスの花に、ジャスミンの葉、それにミントを必ず用いて作っています。前にも述べたように、ミントといったハーブには、夏の暑いさかりに花が萎れる要因の一つ、水中のバクテリアを抑える働きがあるからです。

 

考えてみれば、ハーブは人間にとっても夏の暑いさかりの人気者。たとえば、ヨーロッパの教会では、9種類のハーブを清めて病気を癒し健康を守るという中世からの習慣がありますし、私が夏まけ対策としていただくモロッコの紅茶、ベルギーのビール、イギリスの鰻料理にもハーブは欠かせない存在です。

 

そういえば、フランスのハーブ村として名高いミリーラフォレ村には、コクトーのよく知られた礼拝堂壁画があります。あの壁画で、いわけない猫がミントのそばで見上げているのは、リンドウ科のゲンチアナというハーブ。リシアンサスの仲間です。(2006.8)

 

 

06-9.jpg

【緑のブーケ】

 

料理人が初めて出会った美味しい料理に対して、その内容に興味をいだくように、私もまた、初めて見るブーケに対して、その組み合わせに興味をいだくことがあります。中でも特別の感心をいだくのが緑だけの組み合わせ。贈り物としては一般的でないにせよ、私がこの緑のブーケに引き込まれることはしばしば。

 

フランスの花屋が作った夏の草花による緑のブーケ。同じ土地で育つもの同士を組み合わせることの大切さを実感します。ノルウェーの花屋が作った様々な針葉樹と常緑樹による緑のブーケ。四季が持つ力強さと雪の白との美しい対比が今でも心に残ります。

 

詩人の春山行夫さんによれば、フランスで緑のブーケは植物学の寓意だそうで、なるほど、緑のブーケを眺めておりますと、葉の濃淡や質感の違いが良く見えるものです。ちなみに、パリには緑のブーケを得意とする「緑の葉」という名前の花屋があります。(2006.9)

 

 

06-10.jpg

【深まる秋のブーケ】

 

私の住んでいる札幌の、秋の移ろいはまあ早いもので、紅葉はわずかの間にしか楽しむことができません。それはブーケにもいえて、ミラビフローラの花と紅葉した金葉小手毬、スキミアの枝葉を組み合わせた深まる秋のブーケが作れるのも2週間ほどでしょうか。

 

もっとも、紅葉した枝葉はすぐに落葉するか乾燥してしまうので、私はブーケに取り入れないようにしているのですが、この金葉小手毬はわりと丈夫なこともあって、数年前から用いるようになりました。やはり、秋の日本人の感性に紅葉はぴたりと合致するものです。

 

深まる秋に、ルイ14世が葡萄やミラベルの果実、ダリアの花を菜園や庭園で眺めていた頃、松尾芭蕉は紅葉を眺めていたことを考えれば、以前、私はフランスの花屋が作るブーケを手本に秋にはダリアとアジサイばかり束ねていたことが、今はちょっとはずかしい。(2006.10)

 

 

06-11.jpg

【初冬のブーケ】

アイルランドの歌手、エンヤの名盤『ケルト』をBGMにして、薔薇、リシアンサス、ラナンキュラスの花に、白妙菊の葉と木蔦、銀梅花などの常緑樹を束ねる初冬のブーケは、ベロアのような白妙菊の銀色の葉や、革質で光沢がある常緑の葉が、セーターや外套のごとく、寒い季節に似合う花束です。

 

また、ブーケに付ける器も羅紗に似た手触りの針葉樹や、革質の月桂樹、スエード調の大山木の葉で覆い、冬のはじめに暖かい感じに仕上げます。

 

さて、11月11日はヨーロッパのあちこちで大人たちは今年収穫したワインを最初に味わい、子供たちは行灯をかざし歌い歩く聖マルチン祭。冬のはじまりです。外套に身を包み白馬に乗って冬を告げる聖マルチンのように、私は銀色の葉を用いたブーケで、今年も皆さんに冬のはじまりをお知らせしています。

(2006.11)

 

 

06-12.jpg 

【タンバルブーケを囲んで】

 

バロック音楽が新たな解釈で演奏されるように、歳暮に作るブーケも新たな解釈で作っています。クリスマス、お正月と家族が集う季節でもありますから、誰もが知る薔薇やクリスマスローズの花に、松、柊、銀梅花、白妙菊、杜松とプリニウスの時代から縁起が良いとされてきた枝葉を束ねています。

 

また、タンバルブーケになりますと、これも長寿や幸運の寓意がある樅の枝葉で覆った器で、ちょっと豪華な雰囲気です。そして12月は、この器付き花束を多く作っています。届いてそのまますぐに飾れることが、師走に喜ばれる贈り方なのかもしれません。

 

そのタンバルブーケを囲んで、この一年をつつがなく過ごせたことに感謝する祝いの席。ご馳走をいただく特別な時に、花もしつらえますと、ジェズアルドの歌曲のように、卓上がさまざまな願いで彩られることでしょう。(2006.12)