ブーケおぼえがき 2004、2005
【クリスマスのブーケ】
もう何年もの間、クリスマスといえば、薔薇、ラナンキュラス、アネモネの花に、樅、西洋ネズ、木蔦、銀梅花(ミルト)、柊(イレックス)、椿といった常緑樹を用いたブーケを作っていますが、とりわけ樅と柊には誰もがクリスマスを感じることでしょう。
クリスマスは、常緑樹を飾って太陽を励ます、もともとヨーロッパにあった冬至祭が発展したものですから、冬でも枯れない常緑樹の濃い緑色の葉を寒い冬の夜に眺めていると、不思議と気持ちが暖かくなります。
ただ、この常緑樹の濃い緑色の葉を用いたブーケは、とかく印象が暗く重くなりがちです。以前は季節を少し意識し過ぎていたせいもあってか、冬のブーケは暗く重くて当然と思っていたのですが、最近は「あれはやはり寂し過ぎた」と考えを改めて、冬であっても若草色のスノーボールの花を加えることにしました。(2004.12)
【厳冬のブーケ】
ヨーロッパの民間習俗では、大寒を過ぎた1月25日が冬の折り返しで、この日から、雪の下に眠る植物が春に向けた活動を始めると語り伝えられていますが、厳冬の季節、雪国の人々はスキーなどして雪と戯れる一方で近づく春にとかく敏感なのです。
たとえば園芸家は、雪の積もった庭を眺めながらも、今年の庭つくりの準備をしていますし、古くからゲルマン人は、仮面行事によって冬を追い払い、春を近づけようとしています。冬はもうこりごりで、春への強い思いがあるからでしょう。
ですから、厳冬の季節は、ラナンキュラス、アネモネ、スノーボールの春の花に、木蔦、銀梅花、月桂樹、ピスタキアといった枝葉を用いたブーケを作っています。私の場合は、外の雪景色を眺めながら、春のブーケを作り始めているのです。(2005.1)
【ヴァレンタインデーのブーケ】
今から10年ばかり前、パリの花屋「クリスチャン・トルチュ」の陳列窓がチューリップで埋め尽くされていたのは、ヴァレンタインデーが近づいた頃で、フランス人がこの花に「恋の告白」を意味付けていることを知ったのは、それからずっと後のことでした。
もっとも、古代のペルシア人が、チューリップを持って求婚をしていた史実もありますから、この花はヴァレンタインデーにぴったりでありましょう!
ヴァレンタインデーのブーケは、チューリップ、スノーボールの花に、木蔦、銀梅花、ピスタキアといった枝葉を用いて作っていますが、チューリップは、多種多様ありますが、マニエリスムの絵画に見られるような、量感がある八重咲き、パロット咲きを選びます。
というもの、チューリップの茎は良く伸びますから、数日後、ブーケは技巧を凝らした絵画のような趣になるからです。(2005.2)
【春のブーケ】
春のブーケには、ラナンキュラス、ジャスミン、スノーボールの花に、うら若いこぶし、ピスタキア、木蔦といった枝葉など、ペルシアや中国の植物を用いて作っていますのも、春の花の名前や春の行事には、中国を経て、遠くペルシアがこっそり隠れているからなのです。ちょっと探してみましょう。
名前においては、ラナンキュラスが英語では「ペルシアのキンポウゲ」、ジャスミンやライラックの名はペルシア語から生まれていますし、桃の学名は「ペルシアのプルヌス」で、英語のピーチは「ペルシア」が語源です。
行事においては、東大寺二月堂のお水取りが、古代ペルシア文化と浅からぬ関係があることは、みなさんもよく御存じでしょうし、桃の節句、彼岸会、花見が見てとれるイランの正月は、おもしろいことに、ペルシアの時代から春分の日に始まるのでした。(2005.3)
【スズラン祭のブーケ】
その愛しい姿や香りの他にも、スズランのブーケの良いところは、スズランが、あらゆる神話的、宗教的伝統を持たない花であることです。つまりスズランのブーケは誰にでも贈ることができるのです。
また、スズランのブーケは誰にでも簡単に作ることができます。スズランが10本でもあれば、花と葉を分けた後、花だけをまず束ねてから、周りに葉を添えればブーケは完成しますし、これにアジアンタムの葉を添えれば、スズランが森を思い出したかのように生き生きしてきますから不思議です。
もっともスズランは有毒植物なので、とかく敬遠する人もいるでしょう。でもこの花の一番の毒は「5月1日のスズラン祭にスズランを贈りあって幸せになろう」と毎年言い続けている私のように、人々を虜にしてしまうことなのです。(2005.4)
【初夏のブーケ】
毎年、5月の半ば頃から6月にかけて、初夏の季節には、薔薇、クレマチス、宿根スイートピーの花に、ミント、リョウブといった枝葉を用いたブーケを作っています。主役となる薔薇の花は中央に数輪まとめて、あたかも庭や野山で摘んだ雰囲気です。
といいますのも、この時期、私の住んでいる札幌は、ライラックや林檎、ニセアカシアの花が街に薫り、庭のテラスで食事をしたり、野山に出かけるのにはぴったりの気候になるからです。一年でもっとも美しい季節といっても良いでしょう!
ところで、札幌と同じように、スウェーデンとフランスも、5月の半ばから太陽の調子が良くなりますが、驚いたことに、母の日は5月の最終日曜日です。それぞれ、自然と遊ぶことが上手な国ですから、もしかすると、母の日を初夏の美しい季節の日曜日に、わざわざ選んだのかもしれません。(2005.5)
【花嫁のブーケ】
花嫁のブーケ作りで大切なことは、まず花嫁にぴったりの花を見つけ出すことです。これまでにも、春の花嫁にはアジアンタムの葉を添えたスズランを、夏と秋の花嫁にはミントや果実を加えた薔薇を、冬の花嫁にはジャスミンやスノーボールと一緒のラナンキュラスを見つけ出しています。
それからもう一つ、結婚の象徴でもあるアイビー(木蔦)を用いること、これも大切です。私の場合、アイビーは束ねた花の茎をたっぷり覆う用い方をしています。こうすれば束ねた花がしっかり保護されるとともに、優雅な装飾として仕上がるからです。
たとえば、ポネルやゼッフィレッリ演出の歌劇を御ご覧になったことがある方なら、アイビーの装飾がいかに優雅であるかおわかりでしょう。アイビーはギリシャ神話で酒神ディオニューソスですから、私たちを優雅な気分に酔わすことも大好きなのです。(2005.6)
【夏のブーケ】
夏のブーケは、もっぱら、プレーリーの、いわば乾燥した夏の草原の花であるリシアンサス(トルコ桔梗)に、ミントの葉を用いて作っています。たとえ暑い日ざかりであっても、この組み合わせのブーケは、香りとともに長く楽しむことができるからです。
実際、リシアンサスには香りがありませんが、ミントの清涼感ある良い香りは、水替えの際に、あるいは夕涼みの際に、気持ち良く漂ってきます。しかもミントには殺菌作用があって、花器の水が清潔に保たれますから、まさに夏のブーケにおいて、ミントは英仏の花言葉通り「美徳」となるわけです。
もっとも、大きな夏のブーケを作る場合には、さらに銀梅花の枝葉や禾本科植物を加えています。プレーリー草原に近づく趣です。しかし、どういうわけか、どこを調べても、プレーリーに咲くリシアンサスの姿は未だに見つからないので、私はその原産風景をゆかしく思っています。(2005.7)
【私のなかのクリスチャン・トルチュ】
私が最も好きな、パリ6区オデオン交差点に面した花屋クリスチャン・トルチュが、どうやらその役目を20年で終えるらしい。むろん、好きな花屋がなくなるのは寂しい気持ちですが、誤解を恐れずに申せば「やっと終わったか」という気持ちがあります。
クリスチャン・トルチュを知ったのは1989年頃の雑誌の紹介記事です。1種類の白い花に幾種もの葉が混ざりあったあスパイラルブーケはもとより、すべてにおいて衝撃でした。
ところが残念なことに、私を含め世界中の花好きが彼の店に押しかけてしまったことで、店の雰囲気もスタッフが作るブーケの雰囲気もこの20年で随分と変わりました。たとえば、カール・フュシュが今でもしっかり受け継いでいる、あの洗練された田舎臭い雰囲気は1998年頃から薄れていたのです。
でも私は思います。クリスチャン・トルチュは、きっと静かな場所で、今度は小さな花屋を始めるにちがいない。なぜなら彼が作るブーケだけはこの20年、変わっていないのですから。(2005.8)
【薔薇のブーケ】
薔薇といえば、「イギリスのオースチン作出の薔薇が庭にあるわ」「ベルギーの舞踊集団ローザスのダンスが好きでね」「イタリアの自転車競技で優勝ジャージの名はマリア・ローザさ」「ブルガリア旅行のお土産で薔薇水をもらったの」とまあヨーロッパの芸術文化と結び付くイメージがあります。
これは、薔薇が古代ローマからシンボリズムの王者であり、とりわけ中世には、聖母マリアの花となったからでしょう。でも私なんぞはやっぱり原産地と結び付いて、薔薇といえば、イランの古都イスパハーンやシラーズで咲く中近東の薔薇を思い浮かべます。
夏から秋にかけての薔薇のブーケは、フランボワーズの果実やミントの葉を束ねたエキゾティックな雰囲気のものです。そういえば、フランスのパティシエ、ピエール・エルメの菓子「イスパハーン」も、フランボワーズの果実を挟んだマカロンの上に薔薇の花びらが飾られていましたね。(2005.9)
【秋のブーケ】
さて、秋のブーケについて書くのはむずかしい。組み合わせがその年の気候によりけりだからで、薔薇、リシアンサス、スキミアの花に、ミルト、ピスタキアの枝葉を用いて作る他にも、気候が良ければ、コスモスの花に、色づいた実や枝葉を用いて作ることだってあります。
といいますのも、私は季節ごとに田舎や峠を自転車で巡っているのですが、秋風の中の田舎の主役はやはり、ダリア、コスモス、果樹であり、峠の主役はむろん、紅葉なのです。
なかでも、コスモスは秋の私たちの心にぴったりくる花でしょう。巌谷國士さんは紀行文で、グラナダのヘネラリーフェ離宮でコスモスを見て、どこか懐かしさを感じだと述べられておりましたが、私もペダルを踏みながら楚々たるこの花を田舎で見ていると思わずこう叫びたくなります。「この花がダリアとともにメキシコ生まれだなんて!」(2005.10)
【冬のブーケ】
申すまでもなく、白い花、枝葉、実、銀色の葉は、四季をわかず、私が作るブーケの基本要素になりますが、これらの花材が豊富に集まる11月から4月といえば、アイルランドやウェールズに住むケルト民族の冬とも一致していて、私は何だか嬉しく思っています。
ケルト民族のおもしろさに私が初めて目を開かされたのは、一年を冬と夏の二季に考えるケルト暦を知ってからです。厳しい気候が春や秋を隠してしまったのでしょう。落葉した立ち木にヤドリギが現れる11月に冬が始まり、スズランが萌えでる5月に夏が始まります。
そして特筆すべきは、11月が新しい年の始まりでもあることです。もとより、ハロウィーンはケルト暦の大晦日でありましたから、私の場合、おとなしやかにこの一年のブーケを回顧して、新たなブーケを迎える準備に勤しむ日というのは、ちと大げさな話。(2005.11)
【新年のブーケ】
古くからの習慣が薄れてきたとしても、松を飾って新年を迎えるご家庭はまだ多いことでしょう。松は生命の誕生を祝う木でもありますから、日本だけに限らず、西洋の人たちも冬至の頃から松を飾り続けて新年を迎えます。降誕を祝い、松に蝋燭を飾り付けたのが、そう、クリスマスツリーの始まりでした。
事実、松は日本の風景の中だけではありません。西洋の松も、私などには間接的に親しいものとなっています。たとえば、北欧やギリシャの神話にも、タルコフスキーの映画にも象徴的に登場しますし、レスピーギはイタリアに松が生えていることを交響詩「ローマの松」で私たちに教えてくれました。
もとより、私が新年のブーケに用いる松は東洋種より手触りが柔らかい西洋種です。あらずもがなの説明をしておけば、料理の盛り付けでパセリとイタリアンパセリの違いくらい、西洋種はブーケをやさしくしてくれます。(2005.12)